ご長寿少女漫画『王家の紋章』ファンの管理人が 妄想から書き出した二次創作小説です♪^^ 


by asuku9002
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更新遅れてます^^;


いつも来訪下さり ありがとうございます!^^ o( _ _ )o

すみません 諸事情にて ただ今更新が遅れております^^;

自己満足の世界ではありますが なかなか納得がいかず 情けないことに 現在 試行錯誤中で。。

楽しみにして下さっていらっしゃる方には 大変申し訳ないです。。

『ライアン(終編)』のUPには もうしばらくお時間がかかりますことを お知らせさせて頂きます^^; o( _ _ )o

未熟者で 本当にごめんなさいです!><。


あすく
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# by asuku9002 | 2005-10-27 01:26

ライアン(後篇) ①

●ライアン(後篇) ① 企み



時は丸一日遡る・・・

王暗殺が失敗した数刻後 テーベへ一番近いオアシスの辺に 一人の女が激しく咽び泣いていた 

結い上げた髪は栗色で 肌の色もエジプト人よりは明るい
豊満な身体に異国の風体をなし 絶え間なく光る雫を滴らせる大きな鳶色の瞳は 深い悲しみと・・激しい憎悪に 暗く光っていた

微笑めばきっと美しいだろう 厚みのある形の良い紅い唇が 押さえきれぬ嗚咽を漏らす

『ナザイ・・・ああ ナザイ あんたぁ・・・』

女の震える唇は 切れ切れに・・・待てども来ない男の名を 繰り返し紡いでいた・・・



王暗殺に失敗し あえなく砂漠で獣の牙に果てた 黒衣の男・・アルゴン王が放った刺客の名が ナザイと言った

ミケーネで猟師をしていたナザイは 卓越したナイフ技術を看板に 汚い仕事も請け負う 狡賢い男だった

アッシリアのアルゴン王から依頼された今度の仕事は 成功報酬のバカ高さに釣られて引き受けたのだが 

エジプト入りしてから 他の刺客たちに引き合わされ 合同で仕事に臨むよう指示されたのを不服としたナザイは ここに来て断りを入れたが

『断れば死あるのみ』と 既に抜けられぬ状況を 冷たい使者の言葉に実感させられただけ だった

ナザイの本来の仲間は 妻フェクメトと奴隷の子リウト・・・
妻フェクメトは毒の知識に長じ 赤子の頃アテネで買った奴隷の子リウトは 手先が器用で勘が良く 教えるナイフ術を実に見事に吸収していた

旅商人の親子へ身をやつし 女子供に気を許した標的を 時にナザイが 時にフェクメトが

或いは子供のリウトが 殺すこともあった

俄仕立ての押し付けられた仲間など 信頼できる筈もない  

案の定 暗殺計画は 功を焦る愚か者が急き過ぎた行動に出て 王に気付かれ 怒る王の激しい刃に 仲間の殆どが返り討ちに遭った

慎重を期するナザイは 失敗と見るやさっさと逃亡を図ったのだが・・・

散り散りに逃げた僅かばかりの仲間のうち 一番先に飛び出したナザイを頭と見なした将軍ミヌーエに追われたことが ナザイの運の付き だった

砂漠で追いつかれ 将軍に一矢報いた後 全く思いがけず 背後から現れた獣にその首を噛み砕かれた瞬間・・・オアシスで己を待つ妻の顔が ナザイの脳裏を過ぎったかどうか・・・

人の命を糧に生きてきたミケーネの猟師ナザイは その亡骸を 故郷の海から遥かに遠い 異国の砂に埋もれさせる最後を迎えた

ナザイの妻フェクメトは 王暗殺の一部始終を密かに観察していたアルゴン王の使者から 暗殺の失敗と夫の訃報とを告げられる

衝撃に打ちひしがれながら 使者の言葉など信じられないフェクメトは ただ必死に 夫ナザイの無事な帰還を待ち続けていたが

願いは空しく・・・無情にも 時は刻々と過ぎて行き・・・

日は高く上り 砂漠の風が熱砂を巻き上げても
愛しい夫は 約束のこの地へ 現れてはくれなかった

それは これまで一度も約束を違えたことなどなかった夫の 確実な『死』を示す現実 だった・・・

オアシスに佇む樹林の影に きつく柳眉を寄せた女の瞳が 怪しく光る

『おのれ・・・エジプト王・・・!!』

紅い唇を 切れんばかりに強く噛み締めた女は カッと瞳を見開くと 振り向きもせず連れの子供へ声を掛けた

『リウト 行くよ! 憎い王に 私と・・ナザイと同じ苦しみを味あわせてやる・・・!!』

離れた木陰に蹲っていた小さな影が 応えるようにすっくと立ち上がった




商人親子に身をやつしたフェクメトらは エジプト王宮へ わりと簡単に入ることができた

突然の宴開催の命に 王宮の厨は酒や食材の調達に忙しく 男の商人への注意は厳しかったが 子連れの哀れな女商人には エジプト兵は寛大で同情的だった

商人のなりはいつものこと・・許可証は偽りなく本物で 抱えた商品も他より高く買い取ってもらうと 慌しい厨の人ごみの中 フェクメトは容易にリウトを王宮内へ潜入させることができた

途中 厨房を覗きに来た王妃とぶつかり 倒れたリウトが腕にかすり傷を負ったが 慌てた王妃がすぐに詫び 手当てしてくれたため 仕事に支障を来たすこともない 

知らぬとは言え 刺客を助けるなど お人好しもいいところ・・・

フェクメトは 思いがけなく厨などへ現れた王妃の前に跪き 礼を述べながらも 伏せた顔に歪んだ笑みを浮かべて そう思った

初めて間近に見た諸国に名高いエジプトの王妃は 見事な黄金の髪と抜けるような白い肌 海のような青い瞳をしていたが 意外にもまだ幼さを残す顔立ちと 乙女のような無邪気な仕草は 叡智を持つという噂とはかけ離れた・・・フェクメトの目には 毛色が異なるだけの『ただの小娘』にしか見えなかった

王妃は申し訳なさそうにリウトを抱き起こすと 侍女へ薬を持ってこさせ 自ずから子供の擦り剥いた腕の手当てをした 

その仕草も微笑みも 申し訳なさそうに曇らせた白い頬も 何もかもが憎らしいほどに眩しく・・フェクメトの心に 燃える憎悪を 激しく掻き立てる

今宵 王を殺し その碧い瞳に 私と同じ悲嘆の涙を流させてやる・・・!その後 お前も我が呪いに触れ 踠き苦しんで死ぬがいい!!

フェクメトの紅い唇が 伏せた顔に 釣り上がるような笑みを刻んだ



夫を殺された女の企みは 二つ・・・

一つは 宴の席で 夫ナザイを殺した王へ毒を盛り 夫に代わってその命を奪うこと

二つ目は リウトに王妃へ『死の花』を描かせ 自分と同じ 愛する男を失った悲しみを味あわせた後 じわじわと殺すこと・・・

『死の花』は その名の通り 描かれた者を確実に死へと導く 真紅の呪いの花 だった

フェクメトの一族にのみ伝わる 苦痛に満ちた無残な死をもたらす 美しき毒花・・・

ナイフなんかで殺したりはしない

存分に踠き苦しんで 死ぬがいい・・・!

フェクメトの 夫を失った悲嘆の業火は エジプトへの激しい憎悪となり 民が慕う王と王妃を亡き者とし 夫を奪ったこのエジプトの滅亡を フェクメトは今 心から願い 実行しようとしていた

神にも等しい王を失ったエジプトは 簡単に列強揃いの諸外国に蹂躙されるだろう・・・そうなればいいと・・・できることなら この忌々しい砂漠すら消してやりたいと・・・フェクメトは 夫を奪ったこの熱砂の国を 心から憎んでいた

身の軽いリウトは 幕陰から天井へと上り 息を潜めて夜を待つ

呪いの指示をリウトへ言い渡したフェクメトは 一旦王宮を出ると 今度は煌びやかな踊り子の衣装を身に纏い 国々を旅する流れの踊り子として 自分を王宮へ売り込んだ

妖しい美貌と妖艶な肢体を武器に エジプト兵を懐柔したフェクメトは 思惑通りその日の夜 王の前で踊る許可を得て ニヤリと嗤う

だが 女の企みが上手く行ったのは ここまでだった

現実 宴では 度重なる暗殺者襲撃への対策として 王宮の者以外 王の口を付けるものへは誰も近付けぬよう 厳しい警備がなされ

新参者のフェクメトは 王から遠い場所でしか踊ることを許されなかった

毒を盛ることも叶わず 刺し違えようにも 王と王妃の周りは常に側近たちが取り囲み 僅かの隙もない・・・

無理をすれば ナザイの敵も討てずに犬死にと・・・フェクメトは 悔しさに歯軋りする思いで 踊り子たちの控え室へと戻った

ならば・・と 夫同様抜け目のないフェクメトは こういう時に備えて アッシリアの使者へ予め連絡を取っておいた方法へと 計画を一部変更する

王をこの手で殺せないのは無念だが 仕方ない・・・

フェクメトは 踊り子の衣装を入れる袋の底に用意したモノを確認すると 懐に小さな剣を忍ばせて 優雅な仕草で振り向いた 

夫の復讐に燃える美しき毒花は 男を惑わせる魅惑的な微笑みに その凶気を潜ませて

一人の若いエジプト兵へ ゆっくりと歩み寄る・・・
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:39 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ②

●ライアン(後篇) ② リウト



日が暮れると 天井に潜んでいたリウトは 行動を開始した
庭へ降り立ち 木々の葉陰に身を隠しながら 王妃の居室を密かに探す

小さな影は実に俊敏で 音もなく走り行く様は風の如く 微かに木の葉を揺らすだけだった

闇にその姿を認めるのは きっと将軍でも出来はしなかっただろう

子供であることすらも武器とする術を教え込んでいたナザイは リウトを 幼いながらも一人前の暗殺者に仕立て上げていた・・・



煌びやかに飾られたとある部屋が リウトの瞳に飛び込んできた

王妃の部屋かと思い 葉陰に潜みじっと様子を伺っていたリウトは 

己が バルコニーの闇に光る 燃えるような二つの金色の瞳に捉えられていることに気づいた瞬間 

心臓が飛び出るような 生まれて初めて味わう 激しい恐怖を覚えた 

全身の毛が逆立ち 背筋が震え 足が竦んで・・本能的に感じた危険を回避しようと リウトは震える足をなんとか動かして その場を逃げるように後にした

追手の気配がないことに安堵したリウトは あの二つの金色の瞳が何だったのかわからず・・・ライオンなど見たことがないリウトには それだけに その恐怖は果てしなく大きく感じられた

あの部屋が王妃の部屋でないことを祈りつつ・・・王宮の庭を彷徨う小さな影は微かな焦りを滲ませて・・・腕に巻かれた包帯を 無意識に掴む

真新しい清潔な布の感触に リウトは ふと昼間の出来事を思い出した

あの人は とてもいい匂いがした
あの人は とてもきれいだった・・・

リウトは 昼間王宮の厨でぶつかった王妃の姿を その小さな胸に思い起こす

あの人の瞳は ミケーネの海のように きれいな青色をしていた
金色の髪なんて 初めて見た・・・
きらきら さらさらしていて とてもきれいだった

初めて目にしたエジプトの王妃の眩い姿は リウトには 息を呑むほど衝撃的だった

魚の目(真珠)のような白い肌は とても同じ人間には思えない・・・

己の肌は日に焼けて浅黒く 潮焼けした硬い髪も瞳も 同じように黒い 
フェクメトの明るい栗色の髪や鳶色の瞳さえ リウトには眩しく見えていたのだ

そんな小さなリウトの瞳に 王妃の姿が 光のように見えたのも無理はない

『神の娘』だと エジプトの誰かが言っていた
きっと 本当にそうなのだろうと リウトは思う

白い面影は 陽だまりのような優しい温もりに満ちていて・・・

暖かい微笑み 
鈴の音のように 澄んだきれいな声

白くて優しい 柔らかい手・・・

輝くように美しいあの人は 何よりも・・・
あの時 自分を 人間として扱ってくれた

『卑しい奴隷の子』
『育ててやった恩は 仕事で返せ』

ナザイもフェクメトも 殺しの仕事の時は 自分を子供に見立てて旅をしたが それも人目のある場所だけに限られ リウトはいつも 奴隷の子として蔑まれていた

二人から 子供として愛されたことなどないばかりか 人間とみなされもしない 酷い扱いを ずっと受けていたのだ

己の存在価値は ただ仕事にしかないのだと
幼いリウトは漠然と そう感じ取り・・・
次第に 感情を抑える術を身につけていった

ただ 裏家業で人目を欺くために演じる家族ごっこの 偽りの温もりが欲しくて ナザイが施す厳しい訓練や罰にも耐えたリウトは ナザイやフェクメトが喜ぶ殺人技術を 小さなその身体に 必死に吸収していった

言われた通り 人も殺した

殺らなければお前を殺す と言ったナザイの瞳は 冷酷で・・・本当に恐ろしかった 

転んだ自分を 微笑んで抱き起こしてくれた優しい瞳のおじさんが リウトの最初の獲物 だった

起き上がりざまリウトは 身体の脇から心臓へ 細いナイフを一突きに突き刺した

ナザイが言った通り おじさんは声もなく崩れ落ち 動かなくなった・・・

意外と簡単だった
こんなに簡単に人は死ぬんだと リウトは思った

それからナザイとフェクメトは リウトが仕事を終える度 微笑みかけてくれるようになった

褒められるのが嬉しくて リウトは殺しの仕事を喜んでやった
仕事の後だけは ナザイもフェクメトも 優しかったから・・・

けれど そのナザイが昨夜 死んだという

フェクメトは泣いて 泣いて・・・ 
リウトの存在など とうに忘れたかのように 夜から朝を泣き明かし・・・ようやく昼前になって思い出したのか フェクメトは突然リウトへ声を掛けた

エジプトの王を殺しに行く と・・・

リウトには 王がこよなく愛するナイルの王妃を 『死の花』 でゆっくり殺せ と・・・泣き腫らした 何かがずれた瞳で フェクメトはリウトへ命じた

いつも 仕事の後 殺した人間の家族や恋人が泣き崩れる様を 冷徹な瞳で・・微笑みすら浮かべて眺めていたフェクメトが ナザイが殺されて何故こんなに悲しむのか リウトには理解できなかったが

この仕事を終えれば また褒めてもらえると リウトは命じられるままにフェクメトについて来た

いつも通り 仕事をこなすだけの筈 だったが・・・

リウトは 初めて躊躇する
 
とてもきれいなあの人を・・・フェクメトは 殺せと言う

自分に優しくしてくれた 神の娘である あの人を
『死の花』 で 苦しませて殺せと フェクメトは言う・・・

小さなリウトの心が 大きく揺れる

やがて 闇に浮かぶ優美で大きな部屋を見つけたリウトは 心に迷いを抱いたまま その足を止めた

篝火の灯りに 数人の侍女が忙しく立ち回る美しいその部屋は 彼女たちのお喋りから そこが紛れもなく王妃の部屋であることがわかった

・・・見つけた

バルコニーの下に忍び寄ったリウトは 懐のインク壺を握りしめる

宴から戻った王妃へ いつもやるように眠り薬を嗅がせ 胸に『死の花』 を描けば それで済む仕事だった

放っておいても 呪いは数刻から数日で死をもたらす

ナイフと違い 血を見ることもなく 死の瞬間を目にする訳でもない
『死の花』は リウトに『死』を感じさせない 楽な仕事の筈 だった

壺に満ちた呪いの液体が 握りしめた掌の中で ちゃぷ・・と小さな音を立てる

さざめく侍女たちの声が遠ざかるまで 息を潜めて闇と同化していたリウトは やがて静寂の落ちた王妃の部屋へ 音もなく忍び入ると

すばやく周囲を見回して・・・壁際に見つけた大きな飾り壺の仲へ ひらりと身を滑り込ませた

狭い壺の中で 己の胸の鼓動が いつもより大きく聞こえるのは気のせいか・・・

小さなリウトは 初めての戸惑いにどうしていいかわからず
ただじっと息を潜め 王妃が部屋に戻らないことを 無意識に願っていた・・・
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:38 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ③

●ライアン(後篇) ③ イムホテップ 



『ライアン殿 少しよろしいか』

愛する妹に降りかかった運命の あまりの衝撃の大きさに寝付けず 物思いに耽っていたライアンは 不意に扉から掛けられた重々しい老人の声に 意外そうな顔を向けた

『どうぞ』

入ってきた老人は このエジプトの宰相と紹介された 歴史にその名を残す偉人 イムホテップだった

考古学にあまり興味の無いライアンでさえ その名と 彼が古代エジプトに於いて 偉大な医師であり建築家だった事は知っている

国を動かす宰相の地位にいたことまでは 知らなかったが・・・

来訪者の気配に バルコニーのレオがむくりとその頭を上げたが 金色の瞳は老人を映しただけで 興味無さ気に再び閉じられた

『お休みになられていたのでは・・・』

少々申し訳なさそうに聞くイムホテップの理知的な瞳は 刻まれた皺とは裏腹に とても年齢を感じさせない力強さに満ちていた

『いや 眠れずにいたところだったので 構いません・・・宰相イムホテップ 僕に何か?』

微笑を浮かべて答えたライアンは 意外な訪問者へ椅子を勧め 己も腰掛けると そう問うた

『いや・・・夜分 失礼を承知でお伺いさせて頂きましたこと どうか許されよ・・・どうしても お伝えしたきことがございましてな』 

老宰相は目尻に柔らかい皺を刻むと そう前置きしてライアンの前へ立った

『先ほどの宴の席では 妹御であられる王妃様を ライアン殿の前で随分と礼を失した物言いを致しましたこと まずはお詫び申し上げたく・・・』

深々と頭を下げる老宰相を ライアンは驚きの瞳で見つめた

『いや イムホテップ どうか顔を上げて下さい あんなこと 別に謝られるほどのことでは・・・』

少々面食らったライアンは そう言ってイムホテップの顔を上げさせると 却って申し訳なさそうに老宰相の皺深い顔を見つめた

『キャロルに落ち着きがないのは事実だし それが皆さんに迷惑を掛けていることに関しては 僕の方こそ謝りたいくらいだ』

溜息と共に肩を竦め お転婆な妹で申し訳ない・・・ と続けるライアンを イムホテップはまた 柔らかい微笑みで見遣ると

一呼吸の後 宝石を散りばめたような美しい夜空へ その視線を移した

『ライアン殿 あなた方の世界は 我らには到底及ばぬ 神の領域であられるようだ・・・』

『とんでもない!』

静かに話し出した老宰相の言葉を ライアンは遮るようにはっきりと否定した

『そう言えば 宴に出席していた人たちも神の国とか言っていたが・・・イムホテップ そんな世界があるのなら 僕の方こそ見てみたいよ』

『ほう・・・』

思いがけず反応したライアンの言葉に 老宰相は 再びライアンへ興味深げな視線を向ける

『僕らの世界では 確かに人間は巨大な金属の塊で空を飛び 月へ人が降り立ち 地球の大半は網羅して・・・文明は高度に発達してはいるが』

ライアンは大きな溜息をつく

『人はやはりちっぽけな存在で・・・悩みや苦しみは変わらず存在しているし 残念ながら国家間の争いも 今だに撲滅しきれてはいない・・・ここの人たちと同じように 多くの人間は信仰を心の拠り所に 毎日を皆それぞれ精一杯生きている』 

『・・・・・』

老宰相の理知的な瞳は 王に似た面差しで語る青年を静かに映し その耳は 語られる言葉をしっかりと聴き留めている

『だから キャロルも言った通り 僕らは決して神などと崇められるような存在ではないし そんな力もない あなた方と同じ人間だということだけは わかってほしいんです イムホテップ』

真剣な瞳で語るライアンは 妹キャロルから 己へ対する皆の大きな誤解が 将来 破滅的な破綻と不信とを招きかねないと・・・ 

自分は 皆が思っているような 神の娘ではない と・・

望まずとも皆を騙してしまっている現状に 拭えない罪悪感と不安を感じていることを打ち明けられていたライアンは 誤解が芽生えた経緯も理解したが 既に一人歩きしているそれが どんなに高い危険性を孕んでいるかをも理解して

王の傍近くに仕える革新的な意識を持つ老宰相ならば わかってもらえるかと・・敢えてイムホテップの言を奪う形で この話をしたのだった

老宰相は 暫く無言でライアンを見つめていたが 感嘆の溜息と共に口を開いた

『ライアン殿 仰ることは判り申したが・・・あなたが今語られた あなた方の持たれる叡智は 我らには神の業にも等しいのだということ・・・お判り頂けるか』

『イムホテップ・・・』

未来の知識がそう捉えられてしまうのは無理もない事だが 人類の歴史が培ってきた文明の恩恵は 個人の力ではどうすることもできないものであるということを この老人へどう説明すればいいのか・・ライアンは僅かに困惑した

『ご案じ召さるな ライアン殿』 

そんなライアンの様子に 老宰相は再び目尻に深い皺を寄せると 落ち着いた声でそう言った

『我らとて キャロル様に無理な願いを聞き届けて頂こうなどとは思っておりませぬ』

手にした杖をコツンと鳴らし 老宰相は微笑んで夜空を見上げた

『キャロル様は 我らには計り知れぬ叡智をお持ちであられる・・・王をコブラの毒から救い 泥水を清水に換え 大いなる未来を語られる・・・我らから見れば 神のお力に他ならぬことばかり・・・加えて』

老人の瞳が ライアンを映す

『このエジプトの若き王 メンフィス様の 最愛のお妃にあらせられる』

ライアンの瞳が 一瞬微かに細まった

『王が愛するお妃が 神の娘であるということは・・・このエジプトにとって 非常に喜ばしいことなのです ライアン殿』

宰相イムホテップは 勧められた椅子にも座らず ライアンの瞳を真っ直ぐに見据える

『内には 民の心を一つにまとめる役割を果たし 諸外国には 王の威信を・・エジプトは神の加護を 娘を賜らせるほどに受けているのだと知らしめる・・・内外に渡るその影響の大きさは 計り知れぬものがございまする』 

力強く語られる老宰相の言葉に ライアンは イムホテップが宰相たる意味を 改めて感じていた

『ライアン殿 エジプトには 古くから このような一文が言い伝えられております・・・我がエジプトにソティス星現れし時 黄金に輝ける乙女 ナイルの岸に立つ・・・そは ナイルの女神の生みし娘なり その姿 流るるナイルのごとく麗しく・・・その微笑み 全ての者を魅了する と・・・』

『黄金の乙女・・・キャロルが その言い伝えの娘だと?』

怪訝な顔で問うライアンへ 老宰相は微笑みを向ける

『さよう・・・少なくともエジプトの民は皆 そう信じて疑いませぬ キャロル様がこのエジプトへ現れたのは 聞けばメンフィス王が即位された翌日とか・・・正に 天空にソティス星が現れた時に他なりませぬ』 

なるほど・・と ライアンは納得した

エジプト人とは明らかに容姿が異なるキャロルが 異端視されることなく こうも皆に慕われる背景には こういう言い伝えがあったせいなのか と・・・

ただの偶然か・・・或いは 何か未知の力が働いているのか・・・真実は この運命をもたらした 神とやらにしかわからないと ライアンは思った

『キャロル様は言い伝えの通り ナイルの辺に現れた 黄金に輝ける乙女であらせられる・・・お美しいお姿ながら そのお心は清らかでお優しく 欲のない素直なお姿に 民も臣下も 王も・・・皆 惹きつけられずにはいられぬのです これもまた 言い伝えに当てはまりまする』

老人は 優しい笑みを浮かべたまま 更に言葉を続けた

『皆に慕われ 愛されている王妃様を守りこそすれ 困らせるようなことは エジプトの民ならば 誰も致しますまい』

『メンフィス王が守る・・・と?』

宴で聞いた戦のように 諸外国がキャロルを狙っても 王は守りきれるのか?と 腹の中で呟いたライアンだったが 勤めて冷静な口調で 今はただそれだけを問うた

老宰相は微笑んで頷くと 再び口を開く

『然り・・・王は 己がお命よりも常にキャロル様を案じておられます また 王妃様をお守りするのは 王の元・・・』

『わたくし共臣下やエジプトの民も 命を賭して 王妃様をお守り致す所存にございますれば』

『どうか ライアン殿には ご案じなさらぬよう・・・』

ここで言葉を切ると 老宰相は一瞬遠い瞳をした

『わたくしは 先代ネフェルマアト王の時代からお仕えさせて頂いておりまするが これほどまでに民に慕われた王宮は 過去どれほど遡っても なかったのではと思うほどです・・・ライアン殿』

老人の真剣な瞳が ライアンを捉える

『メンフィス王は 若くとも智と勇を兼ね備えた 勇猛果敢な立派な王にあらせられる・・・神の娘と民が慕う キャロル様をお妃に迎えられた今 その叡智と共に お二人は力を合わせてこのエジプトを守り統べられている・・・これが どういうことか お判りか』

『・・・・・・』

老宰相の言わんとする所を 漠然と受け止めたライアンは 意識してその頬へ笑みを浮かべた

『・・・僕の妹キャロルは このエジプトに無くてはならない存在だと・・・そう言っているように聞こえるが』

キャロルがいなくなると エジプトは・・・計り知れない打撃を被る と 老宰相は 言外に告げていた

見抜かれたか・・・

ライアンは 心の中で舌打ちする
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:37 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ④

●ライアン(後篇) ④ 兄の想い



老人の静かな瞳は 密かに愛する妹を連れ帰る決心をしたライアンを見透かしたかのように じっとライアンを捉えている

『・・・どうか・・・お許し下され』

不意に イムホテップが再び頭を下げた

『ライアン殿が如何に妹御を大事に思っておられるか・・キャロル様が 如何に兄君を慕っておられるか お二人の再会を目にした時 痛いほどに想いが伝わり申した・・・』

『・・・・・・』

思わぬ老宰相の行動に 一瞬虚を突かれたライアンは さり気なく瞳を伏せると 嫌なじいさんだ・・・と 内心毒づいた

『キャロル様のこれまでの出来事にお心を痛められるのは当然のこと・・・また ライアン殿が我らへの不信を抱かれたとしても おかしくはござらぬ』

ほんとに嫌なじいさんだ と ライアンは内心不貞腐れた

『しかし 王妃キャロル様は 今後何があろうとも・・・必ずやこのエジプトの全てでお守り致しまする故・・・メンフィス王を 我らの忠誠を どうかお信じ下さいませぬか・・・』

『・・・・・・』

この老人に比べれば 僕なんか まだまだ及ばないってことか・・・

見透かされた不甲斐なさに ライアンは己の器を実感する

『あなたの大切な妹御 キャロル様を どうかこのエジプトへ・・・下されませ』

ライアンは思わず 大きな息をついた

『イムホテップ 顔を上げてください』

老宰相と再び向き合ったライアンは 降参したと言う顔で イムホテップの真摯な瞳を見つめる

『許すもくれるも・・・』

ありはしない

そんな権利があるのなら 行使のしようもあったものを・・・と ライアンは 続く言葉を胸に飲み込むと また深い溜息をついた

『イムホテップ 何を心配されているのか・・・僕にその言葉は意味を成さないよ もう僕の妹は 自分で自分の生きる道を 決めてしまっているのだから』

『おお では・・・』

ライアンの突然の来訪の意味を・・・宴での様子に 密かにライアンが王妃を奪い去るのではと危惧していた宰相イムホテップの瞳が 晴れやかに輝く

『僕は可愛い妹の元気な姿が見たかっただけだ・・・僕は兄として 妹の意思を尊重したいし なによりキャロルは この僕に メンフィス王なしでは生きていけないとまで言った・・・妹はああ見えて頑固なんだ 例え僕が何を言っても きっとテコでも メンフィス王の傍から離れないだろう』

おお・・・と イムホテップは思わず破願する

溜息と苦笑混じりに語るライアンは そう告げたキャロルの顔を思い出すと 胸を過ぎる鈍い痛みに 敢えて気づかない振りをする

『ここは確かに暗殺や争いが絶えず 僕らの世界に比べれば とても危険だが・・・キャロルがここにいることを望んでいるのなら・・・メンフィス王の傍で幸せだと言うのなら 僕は・・・』

一瞬 塞ぐような胸苦しさに 声が途切れる

『僕は・・・それでいい・・・』

己の吐いた言葉が 胸を貫いていく痛みにも ライアンは気づかない振りをする

『僕の願いは キャロルの幸せ・・・ただ それだけだ』

静かに言い切ったその言葉には 微塵の嘘もない

その穏やかな口調と表情に 宰相イムホテップは安堵したのか 小さく息をつくと・・・いつの間にか瞳を伏せていたライアンへ 声を掛ける

『ライアン殿 度重なるご無礼 どうか許されよ・・・ 宴の席でのあなたが気になり どうしてもこのことをお伝え致したく 夜分無礼を承知で参った次第・・・今 ライアン殿のお心をお聞きかせ頂き わたくしも心から安堵致し申した 今宵のことは どうか老い故の勘繰りと お聞き流し下さらぬか』

そう語る老宰相の顔は 仄かな灯火の明かりにもはっきりと判るほど 晴れやかだった

『いや・・・気にしてないよ イムホテップ あなたほど機微に敏い宰相がいるエジプトなら きっとこれからも安泰だ ミヌーエ将軍といい・・メンフィス王は良い臣下に恵まれている』

顔を上げてそう答えるライアンは 自然に見えるよう意識して作った笑みを浮かべて立ち上がった

礼を述べて去って行く老宰相を見送った後 ライアンは 強烈な喫煙の欲求に襲われ また無意識に胸ポケットを探る

キャロルの意思も尊重したい 
キャロルの幸せも 当然 心から願っている

だが・・・

老人の消えた扉を見つめる 切れ長の黒い瞳は 押し隠していた炎を 今 隠すことなく燃え立たせていた

それらは全て キャロルの命には劣るんだ イムホテップ 

ライアンの頬が 厳しく引き締まる

本来いるはずの存在が どこにも見当たらないことが・・・
その存在を忘れたかのように 何も言わない妹が ライアンは哀れだった

想像できる悲しい確信を その胸に抱き始めて・・・

あなた方は 既に大事な者を失ったのではないか?
エジプトの全てを以ってしても 守りきれなかったのではないのか イムホテップ・・・メンフィス王!

キャロルがそうならないという保障は 誰にもできはしない・・・!!

ライアンの心は 宴の決心から変わってなどいないことを 強く輝くその瞳が雄弁に物語っていた・・・



イムホテップも 言い伝えの最後の言葉は 敢えてライアンへは伝えなかった

ライアンの気性を 王に勝るとも劣らぬ激しいものと見たイムホテップは さすがにこの一言だけは告げられなかったのだ

『ナイルの娘を得る者 エジプトを得ん』

王のお命ばかりではなく 諸外国が狙うは 妹御である黄金のナイルの王妃 その人だと・・・

王妃の持つ叡智とエジプトの王位継承権が 諸外国に狙われ 王妃を奪い王を殺害した者こそがエジプトの王となることを イムホテップはライアンへ語ることができなかった

眠れる獅子にも等しいライアンに告げたが最後 獅子はきっと 迷うことなくこのエジプトへ牙を剥く  

国家間の争いの渦にいる王妃を守るため ライアンはその懐へ王妃を奪い去り キャロル様がどう言おうと 二度とこのエジプトへ戻しはしないだろう

神にも等しい叡智を持つライアンの怒りに エジプトが・・・王が如何に怒ろうと 人である限り勝てる訳がない

神への反逆に等しい戦いなど 戦の様相すら象れぬ内に終わるだろう・・・神に叶うはずなどない・・・絶対に避けねばならぬ!と イムホテップは厳しい顔でそう思っていた

ライアンの言葉を 額面どおり受け取るのは愚かだとは思うが それを信じたい思いが強く・・・このまま何事もなくライアンが去ってくれるのを イムホテップは 心から願っていた・・・








静寂そのものだった部屋に 突然扉が開け放たれる音が響き渡り 壺に潜んでいたリウトは 緊張に身体を竦ませた

微かに耳に届いたやりとり・・いや 男の独り言に 眠った王妃を男が運んで来たのだということがわかった

暫くの後 力強い足音を残して男が立ち去ると リウトは小さく息をつき・・・しばし逡巡したあと 意を決したように壺から這い出した

音も無く床を移動し 薄紗に覆われた大きな寝台を伺い見て・・・リウトは 思わず息を呑む

枕に流れる黄金の髪は 星明りに雫のような煌きを放ち 薄闇に浮かぶ滑らかな白い頬は とても穏やかで・・・金の睫は深く閉じられ 柔らかな紅い唇は 微かに甘い寝息を立てている

リウトの心臓が トクンと跳ねた

仄かな笑みを浮かべているような王妃の寝顔は 清冽で 女神にも等しく・・・リウトは 己の為そうとしていることの罪深さに 今 初めて気がついた

インク壺を握る手が 微かに震える

・・・いやだ・・・この人を殺したくない・・・ 殺せない!

十になったばかりのリウトの顔が 泣きそうに歪む

突然 背中の傷が 攣るようにズキンと痛んだ
仕事以外でも何か失敗した時は 必ずもたらされた 厳しい罰の跡・・・

しなやかな鞭が 激しい罵声と共に容赦なく背の肉を抉り
焼け付くような灼熱の痛みは 数日 リウトに眠りすら許さなかった・・・

死にも勝る激痛にのたうつ日々が胸を過ぎり リウトは青ざめ ぞくりと背筋を震わせる

殺らなければ お前を殺す

そう告げた冷たい瞳の主 ナザイは もういない・・・が まだ罰を与えるフェクメトはいる

身震いするリウトの小さな喉が コクリと鳴った

懐から小さな袋を取り出し 自分の鼻と口を手で覆うと 中の香炉を王妃の鼻先に近付ける

微かな異臭に 眠る王妃の眉が一瞬寄ったが 異国の薬は 強い力で 王妃を 更に深い眠りへと導いていく

しばしの後 王妃の眠りは 身体を触られても覚えないほどに 混沌とした暗黒の深みへと沈んでいった

王妃の様子を確認したリウトは 後はこれで 『死の花』 を描くだけ・・・と 手にしたインク壺を見つめる

小さな手に握られた 真新しい小さな筆が 戦慄くように震えていた・・・
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:36 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ⑤

●ライアン(後篇) ⑤ 拐し 



・・・女は とても美しく 魅惑的だった

柔らかそうな明るい栗色の髪は 煌びやかな髪飾りに美しく纏め上げられ 細いうなじに纏わり付いた後れ毛が 匂い立つような色気を醸し出している

豊かな胸と腰をつなぐ なだらかに細く括れた胴が また一層女の妖艶さを引き立てていた

控え室へ戻った女は 踊り子の衣装を着替えもせず 肌も露な出で立ちのまま おもむろに振り向くと

その紅い唇に蠱惑的な微笑みを浮かべ 鳶色の瞳を潤ませて 踊り子たちの控え室の前に立つ見張りの兵へ ゆっくりと近付いて行った 

『ねえ 兵隊さん・・・今から あたしを買わない?』

妖艶な女に瞳を奪われた若いエジプト兵は まっすぐ近寄ってきた女の 耳元を擽る囁きに 一瞬現実を忘れそうになったが

うろたえながらも 職務中だと なんとか断った

『そう・・・残念ね じゃあ あなたはどう?』

若い兵に断られた女は さして残念そうなそぶりも見せず 二人立つ見張りの内 もう一人へと声を掛けた

『いや 俺も職務中だが・・・』

と 断りかけた兵の腕へ 女は突然倒れ込んだ

『どうしたっ?!』

驚いた兵が急いで助け起こすと 今まで笑って誘いをかけていた女が 突然蒼白な顔で苦しげに呻いている

『・・・ごめんなさい・・・砂漠の旅がきつくて・・・ちょっと持病が出ちゃったみたい・・・ 少し横になれば 治るわ・・・』

美しい肌に冷たい汗を伝わせて 女は苦し気にそう呟くと 自力で立ち上がろうとしてよろめいた

『待て 向こうに兵の仮眠室がある そこで暫く休んでいろ』

もう一人の兵はそう言うと その場を若い兵に任せ 女を肩に担いで持ち場を離れた  

『ありがとう・・・エジプトの兵隊さんは 優しいのね・・・』

女は人気のない場所まで来ると 自分を担ぐ兵へそう囁き おもむろに兵へと口付けた

驚いた兵が女を引き剥がそうとした刹那 女の口から何かが滑り込み・・・兵は驚いた拍子に 思わずそれを飲み込んだ

『なんだ!何を飲ませた?!』

必死に吐こうとする兵は 片手で女に剣を突きつけて叫ぶが 女は動揺する風もない

『怒らないで・・・優しい兵隊さんに 私のお願いを聞いてほしいだけ・・・』

今まで冷や汗を流していた病の女は ケロッとした顔で 妖しい笑みを浮かべている

『お前 仮病か!一体 何を・・・!』

胃への道中 とんでもない苦さを振りまいた 女に飲ませられた何かは 急激に異様な不快感を 兵の身体に負わせていた

さっきの女の如く 兵の全身から 激しい冷や汗が吹き出す
喉がヒリついて 声も出ない

『ねえ兵隊さん・・・苦しい?』 

女は そんな兵の様子を満足げに眺めると 楽しげな顔でそう聞いた

『教えてあげる 今飲ませたのは キウチの毒・・・ このまま放っといたら 一刻後にはあの世行きだわ』 

苦しむ兵の顔が 恐怖に引き攣る

『でも安心して 私のお願いを聞いてくれたら すぐに解毒薬を飲ませてあげる・・・』

『私のお願い 聞いてくれる?』

剣を手に 青い顔で睨む兵へ 女は微笑んでそう言った

哀れな兵に 否やの選択などできるはずもない
はじめから退路を絶った状況へ獲物を追い込み 楽しむように覗き込む女の瞳は 残忍な笑みに縁取られ・・・壮絶なまでに美しかった





一頭の馬が 突然 深夜の王宮に嘶いた

一人のエジプト兵が 女を腕に馬を駆り 猛然と城外へと向かっている

兵の腕に抱かれた女の顔は 被り物で見えないが 隙間から零れ落ちる黄金の髪に 夜営の兵士達は度肝を抜かれた

『お・・王妃様!』

『ナイルの娘!!』

『待て!お前 王妃様をどこへ連れて行くつもりだ!』

騎馬の兵は答えることなく・・・いや 答えたくとも 答えられないのだが
よく見ると 兵の全身は汗にまみれ 顔面も蒼白なのだが・・・ 深夜の王妃誘拐という大事件に浮き足立つ夜営の兵達には わかるはずもない

兵の腕に抱かれたベールに包まれた女は・・・金粉を施した鬘を被り 王妃に扮したフェクメトだった

衣に隠した小さな剣で 毒に蒼白となった兵を脅し 小声で指示を出すフェクメトは 王を アッシリアの使者が待ち伏せる場所まで誘き出す役目があった 

フェクメトが宴の席で事を成せば 不要な作戦だったのだが・・・それが潰えた瞬間 フェクメトは夫ナザイの復讐を この作戦に託すことに決めたのだ

アッシリアの兵は 今宵一夜 ナイルから離れた岩棚の蔭に潜んでいる
王をそこまで誘き出せば 後はアッシリア兵が 憎い王を片付けてくれる・・・

王の性格は聞いていた 
王妃略奪を演じれば 必ず食いつくだろうことが フェクメトには容易に想像でき 確信が持てた上での 捨て身の作戦だった

後からどれだけ兵が付いて来ようが 王は必ず単騎での追撃に出る 
僅かな時さえ得られれば 手練の刺客が集うアッシリア兵の前に エジプト王の命は消え去るだろう

その時こそ 夫ナザイの復讐が成る瞬間 だった

王宮の門扉は当然閉まっていたが 騎馬の兵は 比較的低いナイル河沿いの城壁へ向けて馬首を返すと 信じられないスピードで城壁を駆け上り ナイルを見下ろした

外からの侵入には遥かに堅固な城壁だったが 城内は高く土が盛られていたため 技術があれば それも可能な高さだった

追っ手が翳す篝火の灯りに 兵の腕から零れる黄金の髪が 眩しく煌く

『キャロルさま!!』

追うエジプト兵たちから 口々に悲痛な声が上がった
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:35 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ⑥

●ライアン(後篇) ⑥ 追跡



『王!メンフィス王!大変でございます!!』

『キャロル様が・・・!!』

『なにっ?!』

慌しい兵の様子に敏く目覚め 何事かとバルコニーへ出ていた王は 兵の報告に カッと眦を吊り上げた

『キャロルが連れ去られただとっ?! おのれ 何奴!!衛兵!見張りは何をしていたか――――っ!!』 

ギリと唇を噛み締め 兵が指し示す方向を見遣った王の瞳に 城壁に佇む一頭の騎馬が飛び込んできた

一人のエジプト兵と その腕から流れ落ちる黄金の髪とを目にした瞬間 大きく跳ねた心臓に 王の世界は一瞬 色を失った

・・キャロルっ!!

見開いた闇色の瞳に 次の瞬間 激しい怒りが爆発する

『馬引け―――っ!!あ奴を決して逃してはならぬ!!』

『キャロル―――っ!!』

蒼白な顔で怒鳴るようにそう命じた王は 夜着のまま剣を手に 弾かれたように庭へ飛び降りた

王の瞳は 烈火の如く激しく燃え上がり 艶めく黒髪は 駆けるがままに宙を舞う

多くの兵が城壁に集う中 騎馬の兵は 篝火の中に王が向かい来るのを認めた瞬間 馬の腹を蹴り 嘶く馬ごとその身をナイルへ躍らせた 

『な・・っ!!キャロル―――っ!!』

王の心臓が ドクン!と跳ねた
冷たい汗が噴き出し 恐怖が 氷の刃のように王の胸を貫く

城壁へ駆け上った徒歩の兵が ナイルを覗き込むと 王へ叫んだ

『王!王妃様はご無事です!賊は馬のまま浅瀬を渡り 砂漠へ向かっている模様!』

『門を開けよ!船を出せ!ミヌーエ!ウナス!ルカは何をしているっ!!』

兵の声を耳にした瞬間 王は眦を切れんばかりに吊り上げて そう叫んだ

素早く集った部下達へ 駆ける馬上から 己への追従と周囲の警護 他の賊の捜索とを厳しく命じた王は 

『メンフィス王!!』

背後からかけられた声にハッと振り返ると きつく眉を寄せた

『王!僕も行くぞ!』

いつの間にか事態に気づいたライアンが 騎馬で王に続いて来ていた
蒼白な顔に 厳しい怒りを燃え立たせている

『キャロルが浚われるなんて・・・!ここは一体どんな警備をしているんだ!!』

ライアンの 思わず口を付いて出た言葉に 王は返す言葉もない
怒りと悔しさにギリと唇を噛み締めて ひたすらに馬を駆ける

『ライアン殿 キャロルは我が妃・・・むざと浚わせはせぬ!!必ず連れ戻す!!』

そう叫ぶように言い置くと 王は更に速く馬を駆けさせ ライアンから離れて行った

『く・・・っ!!』

馬の違いか 腕の違いか・・・
ライアンも乗馬は得意だったが 王の馬の足には及ばない

追いつく為に 必死で馬の腹を蹴るが その距離は離れていく一方だった

『王!待たれよ!先行され過ぎては危険です!!』

王に僅かに遅れて ミヌーエ将軍がそう叫んでいるが 王の耳に届いている様子はない

王の瞳は ただひたすらに 前方を駆ける騎馬のみを追っていた

おのれ・・・我が懐から キャロルを奪うなど・・・決して許せぬ!!
何の企みか!必ずや正体を暴き出し その身を八つ裂きにしてくれる!!

まだ闇深いナイルの辺を 数頭の馬が 破竹の勢いで駆け抜けて行った・・・







王宮では 女官長ナフテラが 驚愕の表情で王妃の褥を凝視していた

『キャロル様・・・!!』

王妃誘拐に エジプト王宮が蜂の巣を突いたように騒然としている中 当の王妃は 己が居室で安らかに眠っている 

常に傍に仕えているルカも 王妃が休んでから 居室周辺に変わった様子はなかったと ナフテラへ報告した

ルカの顔にも 困惑の色が浮かんでいる

『これは・・・王を誘き出すための 何者かの陰謀では・・・!!』

ナフテラの顔が 途端に蒼白になる

『メンフィス様に 早くご連絡致さねば!!』

ナフテラの命により ルカは急ぎ 王を追って王宮を出た

『ウナス隊長!キャロル様はご健在です!誘拐などされてはおりませぬ!これは 何者かが企んだ 王を誘き出すための 卑怯なる陰謀にございます!!』

ナフテラは侍女たちに 王妃健在の様子を浮き足立った兵達へ連絡させると 己は警備隊長のウナスへ 急ぎそう報告した

イムホテップと共にその報せを聞いたウナスは 王妃の居室へ駆け込むと 安らかな寝息を立てて眠る王妃を見て愕然とする

『キャロル様!! おお まこと ご無事で・・・しまった!ファラオっ!!』

王妃の無事を確認したウナスは 脱兎の如く王妃の居室を飛び出し兵を召集すると 王の後を追った

『しまった―――っ!! 何故はじめに確認を怠ったのか!!』

『あの黄金の髪に 皆が騙された・・・!!』

ウナスは悔しさに歯軋りし 掴んだ手綱を強く握りしめる

『これは王を誘き出す企み!王よ どうかご無事で・・・!!』

蒼白な顔に冷や汗を伝わせながら 騎馬隊を率いるウナスは 必死に砂漠を駆ける

『ルカ 間に合ってくれ!王よ どうか・・・どうか ご無事で・・・!!』

祈るように呟くウナスは 己の失態に きつく唇を噛み締めた

ウナスの一団は砂塵を巻き上げ 怒涛の勢いで砂漠を駆け抜けて行く・・・
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:34 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ⑦

●ライアン(後篇) ⑦ 王妃



『ナフテラ おかしくはないか』

ウナスが飛び出して行った後 眠る王妃を見つめていたイムホテップが 怪訝な顔でそう言った

『このように慌しい中 王妃様がいくらお疲れでも お目覚めにならないのは・・・』

『ええ 実はわたくしも 先ほどからキャロル様をお起こししているのですが・・・一向にお目覚めになられません・・・』

ナフテラも懸念していたことを 口にした

『キャロル様 キャロル様ー! お目覚め下さい!』

王妃付き侍女のテティが 王妃の耳元で声を掛けるが 確かに目覚められる様子はない

老宰相の顔が 俄に曇る

『これは・・・謀られたのかもしれぬ! ナフテラ 王妃様の身辺に 変わった所はないか』

『変わった・・・と 申しますと・・・』

戸惑うナフテラへ イムホテップは厳しい声で命じる

『お体に何か施されてはいないか・・・見たところ お休みになられているだけに見えるが・・・この騒ぎでお目覚めにならぬところを見ると 何者かに薬を盛られたのかもしれぬ! 衣服に妙な香など仕込まれていないか お体に傷などないか・・ナフテラ 急ぎお調べ致せ!』

『は・・はい 承知致しました!』

そう言い置くと イムホテップは王妃の居室を足早に出た

『衛兵!! 賊が潜んでいるやもしれぬ!この周辺を隈なく探せ!よいか 見つけたら決して殺してはならぬ!必ずや生け捕りにして連れてまいれ!!』

警備の兵へ 老宰相は常ならぬ大声で指示を出す

なんということだ・・・!ライアン殿の居る夜に よりによって王妃誘拐を模した このような大事が起こるとは・・・!

おお 王は未だ この事実をご存知ない・・・!

老宰相の顔に 苦渋の色が滲む

このような卑怯な手を用いて 王を誘き出したる輩 どのような罠を仕掛けているのか・・・兵が 間に合えばよいが

イムホテップは焦る気を抑えて じっと闇を見つめる

幸い王妃様は拐かされはしなかったが 何者かによからぬ施しを受けられているご様子・・・この王宮内でなんたる不覚!! 今後 警備は倍に増やさねばならぬ! 

王宮を警護する者にとって これは最大の屈辱だった

王妃様には 大事に至らなければよいが・・・

王妃が何をされたのか定かではない今 賊を殺すは不利と イムホテップは兵へ 賊の生け捕りを強く命じた

王妃へ何をしたとしても ただ眠らせるだけで済む筈はあるまい と・・・険しく眉を顰める宰相イムホテップの胸に じわりと黒い予感が広がる



船の準備完了の報せを受けたイムホテップは 急ぎ出発を命じると 城内の捜索に当たらせていた兵から 妖しい女の報告を受ける

『流しの踊り子で・・・宴の後具合が悪くなり 相棒が仮眠室へ連れて行ったのですが それから帰らないと思っていたら あんなことに・・・!!』

怯える若い兵は 震える声でイムホテップへそう告げた

『流しの踊り子?賊は女か!』

『は・・はい 栗色の髪をした えらくきれいな女でした・・・』

平伏する若い兵の言葉に イムホテップは心当たりを胸に探してみるが・・・生憎 女の刺客に覚えはない

ならば 呼び水に過ぎないか・・・おのれ どこの手先か・・・!

イムホテップの瞳に 静かな・・だが険しい怒りが燃え上がる

『あ・・あの 相棒はどうなるのでしょうか・・・多分 あいつは あの女に操られているだけなんです!イムホテップ様 どうかあいつを助けて下さい!!』

伏していた兵が 恐る恐るイムホテップへ問い 同僚の命乞いを懇願したが・・・ここまでの大事に至っては 処罰は厳しくならざるを得ない

『・・・王の裁量を待て 今はそれしか言えぬ』

顔を曇らせた老宰相の言葉に 若い兵の瞳が 恐怖に戦いた




『きゃああーっ!! キャロル様っ!!』

王妃の部屋から響いた悲鳴に イムホテップらはすかさず王妃の部屋の扉を叩いた

『ナフテラ!どうしたのだ!』

老宰相は 先ほどの黒い予感の的中を漠然と感じ取り 扉が開くまでの僅かな時が もどかしいほどの焦りを覚える

『イ・・イムホテップ様・・・』

扉を開けたテティが 青い顔でイムホテップを呼んだ

『テティ!王妃様に やはり何か・・・』

『イムホテップ様だけ お入り下さい』

後に続こうとする兵を遮り 扉を閉めたテティは 速足で進む老宰相の後に続く

『キャロル様の胸に あ・・紅いお花が・・・!』

『なんと・・・!』

『イムホテップ様!』

王妃の傍らに蹲ったナフテラが 青い顔で老宰相を見上げた

『キャロル様のお衣装を改めようと 上掛けを下げましたら 肌が赤くなっているのが見えたので 私 出血されているのかと思い・・・思わずあんな悲鳴をあげてしまいました・・・申し訳ございません』

イムホテップへ テティが小さくなってそう告げる

『わたくしも一瞬そのように見えて 驚いたのですが・・・よく見るとお怪我はされていらっしゃらないようで なにやらキャロルさまの胸元に 紅い塗料で花が描かれているようなのです』

場所を譲ったナフテラの言葉に 老宰相は難しい顔で王妃を見遣る
王妃は まだ昏々と 深い眠りの中にいる

『これは・・・』

『一体誰が 何故 キャロル様にこのようなことを・・・』

ナフテラも困惑の表情で眺めるそれは 王妃の白い胸元に 毒々しいまでの真紅で描かれた 大きな一輪の花 だった

イムホテップの顔が 厳しく翳る

『ナフテラ 急ぎ白湯を持て!至急出来うる限りの絵師を呼び この塗料をすぐに落とさせるのだ!医師ネゼクと商人ハサンを呼べ!』

老宰相の様子に 只事ではない事態を察したナフテラは 急ぎ侍女へ諸準備と指示を言いつけると とりあえず手近の布で塗料の拭き取りを試みたが 完全に乾いた塗料は肌に吸い込まれたかのように 全く拭い取れはしなかった

『あの イムホテップ様・・・この花の絵は 一体何なのでございましょう?』

ナフテラの当然の疑問に 老宰相はしばらく沈黙していたが・・・

『・・・これはおそらく ギリシアで聞いた暗殺技の一つ 死を招く花・・・』

ひっ!と 青ざめたテティが小さな悲鳴をあげる

『そ・・それは 一体どういう・・・』

強張った顔のナフテラが 震える声で問うた

『詳しくは知らぬが・・・とにかく この塗料が毒なのだそうだ 早急に出来る限り落とさねば!』

船で諸外国を歴訪していた時 イムホテップは ギリシアでこの花の話を聞いた

描かれるのは 大輪の・・真っ赤な 夾竹桃の花

美しい姿とは裏腹に 毒を持つ夾竹桃を用いた暗殺技を生業にしている一族が ギリシアにいるという噂だった

その殺し方は 一風変わっていた 

獲物を眠らせ その身体へ夾竹桃の花をすり潰して作った独特の塗料で 『死の花』 を描く 

『死の花』 の毒は 肌から心臓へじわじわと達し 数刻から数日の時をかけ 苦痛をもたらしながら確実に死へ導くと言う・・・

描かれた『死の花』からは 何人たりとも逃れられぬことから 別名『呪いの花』 とも呼ばれていた

依頼人は ただ殺すだけでは満足しない者たち・・・怨念にも近い憎悪を燃え立たせ 標的が踠き苦しんで死ぬを喜びとする 恨み辛みを抱えた者たち・・・

それは正に 『呪い』 そのものであった

死への時間も 依頼により自由に調整できると聞き 不気味に思ったことから 覚えていたのだが

現物を目にしたことの無いイムホテップには 王妃に描かれた 『死の花』 が どれほどの時を有しているのか 皆目見当もつかなかった

あれほどに皆から愛されている王妃へ こんなにも深い恨みを抱いている者がいる

その事実は少なからず衝撃だったが 絶対に敗北する訳にはいかなかった

つい今しがた兵の報告にあった 『賊は女』 ということが こんなやり方を選んだ事実に いやに真実味を帯びて感じられる

男なら こんな回りくどいやり方はしない
どんなに卑怯でも 剣を手に斬りかかってくるだろう 
毒殺にしても 即効性のものを使う

賊は女・・・

その どろりと粘ついた禍々しい怨念を 血色の真紅に感じ取り・・・イムホテップは 胸が悪くなる思いに 無意識に眉を顰めていた

対策は 早急にこの絵を消すこと と・・・
それ以外 思い浮かばなかった

王妃に描かれた 『死の花』 の時間が判らないことが 老宰相の額に 冷たい汗を伝わせる

噂で聞いた 『絶対に消せない花』 の件は なんとしても克服しなければならなかった
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:33 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ⑧

●ライアン(後篇) ⑧ 待ち伏せ



『む・・・!王よ あの方向は危険です!!』

単騎で疾走する王の後に なんとか食い下がっていた将軍ミヌーエは 賊が駆ける砂漠の先に 林立する岩棚の陰を見咎めると 大声で叫んだ

部下の声が 聞こえているのかいないのか・・王の馬足は更にスピードを増す

『王・・・!!』

賊の馬は もう すぐそこまで迫っていた

『キャロル―――っ!!』

王の声が聞こえないのか 賊の腕に抱かれた王妃に 反応はない

もしや 危害を加えられたのでは・・・

王妃を案じる王の焦りも 危険への対処は鈍らせなかった

『メンフィス王!!』

『ミヌーエ 左に寄れ!!』

賊を目前に 二つ目の岩棚を通過しようとした刹那 上から投げられた大きな網が 王とミヌーエを絡め取った・・・かのように見えたが 上空の異様な気を感じ取った王は 部下へ指示すると同時に素早く馬首を右へ返し 卑怯なる待ち伏せを間一髪で躱した

が 次の瞬間 上から放たれた火矢に 王もミヌーエも 剣を振るっての防戦を強いられる

『おのれ・・・卑怯者ども!!』

王の眦が釣り上がり 臨戦の闘志が炎のように閃いた

襲い来る炎に怯える馬をなんとか御しながら 剣を振るい 火矢の雨をかい潜って走り抜けると 幾分離れた賊の馬を 王はまた追い始めた 

『王!これ以上追うは危険です!お止まりを・・・! 王!!』

『・・・許せぬ・・・!ナイルの女神よ キャロルを・・・どうか キャロルを 守らせ給え!』

思わぬ襲撃に怒り心頭の王は ミヌーエの言葉など耳に入らず 馬具へ刺さった火矢を引き抜くと 身を反らし・・・揺れる馬上から 前を走る賊へ 渾身の力で投擲した

そのあまりの見事さに ミヌーエは思わず目を瞠る

王の手を離れた火矢は 微かな弧を描くと 賊の馬を見事に射止めたのだ

瞬間 高く嘶いた馬は 駆ける勢いはそのままにバランスを崩し 乗る人間を振り落とすと 翻筋斗(もんどり)打って倒れ込んだ

『きゃああっ!!』

投げ出された女の悲鳴が 王の耳へ違和感と共に届く

『キャロ・・ル?』

追いついたミヌーエが翳した灯火の明かりに現れたのは 失神した栗色の髪の女・・・

あれほどに案じた 王妃キャロルではなかった

『王・・別人です!』

これは 宴で垣間見た 異国の踊り子・・・

ミヌーエの声に 王の顔が険しく歪む

少し離れて 賊の手先となったエジプト兵が呻いている

『ぬ・・! 謀られたか!!』

『そのようでございまするな 王』

ミヌーエは厳しい顔で答えると 拾い上げた物を王の前へ差し出した

『鬘に金粉が塗してありまする・・・こんな子供だましに引っかかるとは・・・!!』

悔しげに 手にした鬘を握りしめる部下の言葉に 王はギリと唇を噛み締め 不覚を悔いるが・・謀と判明した今 王は現状の危機を自覚する

『これは この私を誘き出す為の何者かの策謀!ミヌーエ 戻るぞ!』

言うなり馬首を返した王の前に いつの間にか忍び寄っていた 黒衣の騎馬 数十騎が立ちはだかった

『む・・! 何者ぞ!』

『メンフィス王 覚悟!!』

誰何の声には答えず 代わりに上がった男の声を合図に 幾つもの鋭い剣先が 一斉に王へと閃いた

『王!!』

すかさずミヌーエの剣が刃を弾く

『卑怯者ども!うぬらそこまでこのわたしが恐ろしいか!』

見事な剣捌きで複数の攻撃を退けた王は 次々と閃く銀光を躱しながら そう叫んだ

黒衣の騎馬たちは 王への攻撃が躱されると 無言で王の馬を刺し貫いた

『く・・っ!!』

『王!!』

側面を守るミヌーエが叫ぶも 応戦に手一杯で身動きが取れない

痛みに嘶き 狂ったように駆け出した馬は しかしそう行かぬ内に力尽きて昏倒し 王は闇に投げ出された

『今だ! 殺せ!』

『王を殺せ!』

『・・っ!! ファラオっ!!』

蒼白なミヌーエが 焦りに閃かせた剛剣で目前の敵を薙ぎ倒し 王へと向かう が・・・

すかさず立ち上がり剣を構えた王だったが 真近に迫る騎馬は十騎を超え その冷酷な剣先は全て王の首を狙っている

・・・間に合わぬっ!

ミヌーエの胸を 瞬間 氷の楔のような恐怖が刺し貫いた

『ファラオーっ!!』

ミヌーエの血を吐くような悲痛な叫びが 暗い虚空へ響き渡る・・・







『きゃああっ メンフィスっ!!』

危ない!!

多くの賊に取り囲まれ 今にも白刃に刺し貫かれそうな王の危機を夢に見た王妃は 狂いそうな恐怖に 思わず声を上げた

びくりと身を震わせ 青ざめた顔で瞳を見開いた王妃は 額を伝う冷たい汗に黄金の髪を纏わせて しばし悲痛な顔で虚空を見つめていた・・が

『キャロル様!』

『キャロル様!よかった お目覚めになられた・・・!』

侍女たちの声に 王妃はハッと顔を向ける

『ナフテラ みんな・・・』

王妃は 己が褥の周りに イムホテップや侍医ネゼク 侍女たちにハサンまで集っていることに驚いて 慌てて身を起こした 

『一体 どうしたの?』

皆が皆 心配そうに己を見つめている状況に 怪訝な顔で問う王妃へ イムホテップが険しい顔で口を開いた

『キャロル様 まずはご自分の胸元を ご覧下さいませ・・・』

『胸元?・・・えっ 何 これっ?!』

老宰相の声に 俯いて己の胸を見下ろした王妃は 驚きの声を上げ 慌てて胸元を手で押さえた

羞恥に頬を染める王妃は 眉を寄せ 訳が判らないと言った表情でイムホテップを見上げる

『何者かが王妃様のお部屋へ侵入し 恐れ多くも御身へ このような奇異な施しを残したのです・・・』

老宰相の言葉に 王妃は衝撃を隠せない

『そんな・・!私 全然気づかなかったわ!一体誰が 何のためにこんなことを・・・あ・・・頭がグラグラする・・・』

『キャロル様!大丈夫でございますか?』

心配そうなナフテラが王妃を支え 水の杯を差し出した

イムホテップは厳しい顔のまま 言葉を続ける

『お休みになられた後 何か変わったことはございませんでしたか? キャロル様は 今まで我らがどんなにお起こししても 目覚められなかった・・・おそらくは薬を盛られたか 嗅がされたかされたものと思われまする』

冷たい水に喉を潤し 一息ついた王妃は 老宰相の問いに首を傾げる

『別に何も・・・私 宴の席で眠ってしまったし・・・あ・・・そういえば なんだか強い香りを嗅がされたような気がするわ』

ふらつく頭を抑え 必死に思い出そうとしていた王妃は 鼻腔の奥に残る異臭の名残に気付くと そう言った

『おお・・なんたる不覚!キャロル様 申し訳ございませぬ!』

『待ってイムホテップ! それでも私は無事よ 警備の人達は罰しないで・・・!』

途端に険しくなる老人の顔に 不穏な空気を覚えた王妃は 急いでそう言った

『キャロル様・・・』

『無事で・・・あれば よろしいのですが・・・』

『・・・?』

皆の心配気な瞳が 王妃の不安を煽る 
怪訝に思った王妃は また 己の胸に描かれた真紅の花を見下ろした

『え?この花の絵が 一体何だと言うの・・・?』

その問いに イムホテップと侍医ネゼク ハサンは 険しい瞳で 顔を見合わせる・・・
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:32 | ライアン(後編)①~⑯

ライアン(後篇) ⑨

●ライアン(後篇) ⑨ 死闘 



噂は・・・残念ながら本当だった
王妃の胸に描かれた花の絵は どんな組成なのか・・・あらゆる術を用いても 落とせなかったのだ

呼びつけた多くの絵師に 様々な塗料を落とす方法を聞き 侍女へ試させたが 何一つ効果なく・・・

万策尽きた今 イムホテップらは為す術もなく・・・ただ悔しげに いたたまれぬ思いを噛み締めていた

白い胸に咲いた毒花は 時と共に より一層鮮やかな発色を誇っている

様々な薬草類に詳しいハサンの知恵を以ってしても 太刀打ち出来ないほどに 未知の攻撃は呪いの様相を呈し 事情を知らぬ王妃以外の者たちへ 恐怖と共に重くのしかかった

不安気な王妃へ 真実を伝えるべきか・・・

イムホテップは 迷った

もしや 王妃の叡智を以ってすれば この危機を回避できるやもしれぬが・・・

それが出来なかった時のことを考えると 無謀な賭けにも思えた

数刻前に聞いた 王妃の兄ライアンの言葉では 叡智は決して万能ではないと・・・我らと同じ人間だと ライアンは強く言っていた

そのことが イムホテップの心に迷いを生じさせていたのだ

己が命の期限が 数刻後か数日後か・・・或いは今すぐかもしれぬ そんな死の宣告にも等しい現実を まだ少女の王妃へ告げるのは ただでさえ酷なことであるのに・・・



投げかけられた王妃の問いに 答える声はなく

部屋に落ちた重苦しい沈黙が 王妃の身に起こった不吉な出来事の重大さを・・・不安気な王妃へ 言わずとも如実に伝えていた

夢で見た王の危機も 不安を煽る

『・・・メンフィスは何処?』

僅かに青ざめた頬に 煌く碧い瞳は しかし毅然とした光を湛え 王妃は厳しい顔で また問うた

『メンフィス王は・・・』

宰相イムホテップは険しい顔のまま 王妃へ現状の報告を始めた

『・・・くそっ!!』

控えたハサンが小さく呟くと 怒りと悔しさに 床へ その拳を叩きつけた






ミヌーエの悲痛な叫びが闇に響く中 王はにやりと不敵な笑みを浮かべると 身を屈めて駆け出した

岩棚を背にした王は 己を囲う形で向かい来る敵の側面へ素早く回り込むと すれ違いざまに端の馬を斬った

翻筋斗(もんどり)打って倒れた馬から 投げ出された賊を 間髪入れずに刺し貫く

拾った賊の剣を 頭上から白刃を閃かせる男の首へ 一瞬早く食い込ませると 背を襲う別の敵へ 砂を蹴り上げ目を潰し 振り向いた時にはその首を落としていた

主を失った馬にひらりと飛び乗った王は 手綱を取る前に真横の敵の胴を薙ぎ払い その馬の腹を思い切り蹴り上げた

驚いて駆け出した馬が 敵の間に血路を生じさせ 続く王は剣を閃かせながら 左右から向かい来る数人の敵を 流れるような剣捌きで斬り斃す

つい今しがた 優勢に奢って王を取り囲んだ賊の数は 僅かの間に半数以上が 王一人に斃されていた

『なんと・・!たった二人に 何をてこずっておる!』

後方に控える 頭と思しき黒衣の男が 苛立たしげに叫んだ

返り血にその身を紅く染めた王の 光るような瞳の力に恐れをなした賊は 一旦王の傍から引き 様子を窺うように遠巻きに囲う

『このわたしが うぬらなどに簡単に殺されると思ったか!卑怯者ども 皆殺しにしてくれる!どこからでもかかって来るがよい!!』

乱れた黒髪を払いもせず 胸を張り 爛々と瞳を輝かせてそう叫ぶ王の姿は 正に怒れる鬼神が如く・・・

王の元へ駆けつけたミヌーエは その堂々たる姿に心から感服した
取り巻く賊の馬は 王の迫力に恐れをなしたのか 踏鞴を踏んでいる

『どうした?来ないなら こちらから行くぞ!!』

逃げることなど考えもしない王は 目の前に群れる敵の中心へ 雄々しく斬り込んでいく 

『王!!』

続くミヌーエも王と背中を合わせると 剣を振るい 向かい来る敵の悉くをを斬り伏せていった

劣勢と見た賊の頭らしき男が 口笛を鳴らす

後方から 風を切って唸る音が聞こえたかと思うと またも大きな網が 戦場へ向かって投げ放たれ・・・

『・・・っ!! しまった!!』

網は 敵も味方も 十把一絡げに絡め取る
捕らわれた賊には予想外のことらしく 何か叫びながら不可解な顔で踠いていた

『今だ!やれ!刺し殺せ!』

後方に控える男が ここぞとばかりに網の外の賊へと叫ぶ

『く・・っ!!』

『王!!』

馬ごと絡め取られた王とミヌーエは 一転して絶体絶命の危機に見舞われた
網に動きを封ぜられ 剣もまともに構えられない

踠く賊たちも 同様で・・・王へ剣を向けるどころか 馬上に止まることすら危うい

網へ群がる賊たちの顔に 残忍な笑みが浮かぶ

『おお! 皆殺しにできるものなら してみせよ メンフィス王!!』

『その前に 我らがその首 討ち取ってくれる!!』

『くそっ!!』

俄かに勢い付き 一斉に襲い掛かる賊に 王は歯軋りし・・・ミヌーエがその身を王の前に投げ出した瞬間

砂漠の闇を切り裂いて 耳を劈く 聞いたことも無い大音響が響き渡った
と同時に 剣を振り上げた先頭の男が 胸を押さえて落馬する

轟音は 続けざまに3度鳴り響き その都度 賊の男たちがバタバタと斃れていく

『王!無事か?!』

『ライアン殿!』

遅れて到着したライアンが 王の窮地に 思わず銃で援護したのだが ライアンが手にした拳銃が武器だなどと その場の誰にも判らない

敵味方とも未曾有の事態に戸惑い 怯える馬を宥めながら周囲を訝しげに窺う中

新参者のライアンを敵とみなした賊が 横合からライアンへ斬りつけた

『うわあっ!!』

賊は 銃を向けるライアンより一瞬早く飛び掛った巨大な獣に喉元を噛まれ 馬から引きずり落とされた

『レオ!』

ライアンは 付いてきた気配などなかったレオが 突然現れたことに驚いたが 明らかに窮地に他ならぬこの場面では レオの牙は頼もしい存在に違いなかった

着地したレオは 鬣の一振りで息絶えた男の身体を放り投げると 金色の瞳を燃え立たせ 短い唸り声の後 四肢を踏みしめ 地を揺さぶるような猛々しい咆哮を上げた  

『うあっ!!』

『な・・なんだっ!!』

途端に馬という馬が 一斉に恐怖に狂い棒立ちになると 乗り手を振り捨てて 一目散に逃げ出した

落とされた賊は 突然の獣の来襲に 馬同様戦きながら逃げ惑う

形勢は ライアンの援護とレオの咆哮で 一瞬にして逆転した

網に捕らわれていた賊たちは 怯え狂う馬に振り落とされ 暴れる馬の蹄に悉く踏み殺された

王もミヌーエも 振り落とされまいと 必死に馬にしがみつく

『メンフィス王!ご無事か?!』

『王!ご無事で・・・!!』

『賊を逃すな!一人を残して皆殺しにしろ!』

ライアンに続いてミヌーエの兵たちが現場に到着すると 王は即座に厳しい声で命じた

『退け!退けーっ!!』

俄かに暗転した展開に 後方に控える黒衣の男が大声で退却を叫んだが 応じられる賊は 既に一人もいなかった

生きている者は皆 荒れ狂う獣の牙に戦き 正気を失ったかのように混乱し 逃げ惑っている

『あ奴を逃がすな! なんとしても捕らえろ!!』

王の声に 兵が弾かれたように賊へと向かう
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# by asuku9002 | 2005-10-05 14:27 | ライアン(後編)①~⑯